“『ヴィクトリア朝時代のインターネット』は1999年頃に執筆された本で、2011年12月に日本での翻訳版が刊行されました。著者の方は歴史研究家というより、テクノロジ系のジャーナリストで、そうであるが故に歴史資料本とは異なり、読者層を非常に広く設定し、またこの時代に興味が無い人であっても「現代のインターネットとの比較」を自然に行える点で、非常に同時代性を持つ書籍に思えます。
『ヴィクトリア朝時代のインターネット』はまず電信成立の歴史的経緯から、それがどのように社会インフラとして普及していき、どのように使われたか、誰によって運用されたか、そして電信の登場による社会的な影響、衰退の歴史までを扱います。これが各章がしっかりと結びついているというのか、とても分かりやすいです。
ヴィクトリア朝はそもそも、現代に通じる基礎的な部分が多いので、伝え方次第でもっと盛り上がりそうな気がしています。貧困と社会福祉、家族論、労働環境、自由主義、消費社会、メディア論、鉄道、株式会社、郵便制度、公務員制度、社会インフラなどなど、テーマは非常に膨大で、同時代的です。今でこそインターネットが当たり前になって、テキスト情報や音声情報もある程度自由にやりとりできますが、100年以上前にそれに酷似した環境は作られていました。技術が確立するまでのモールスや彼の線立ちや同時代人たちによる苦闘を経て、国境を越えて繋がれた電信ケーブルは、海にも敷設されました。特に大西洋横断海底ケーブルのエピソードは、シュテファン・ツヴァイクが『人類の星の時間』で書いた話もあるので、興味のある方はそちらも是非。
興味深かったのは情報量の増大によってインフラが圧迫されたことで、回線利用状況の分析が行われて、多大な量を占めていた利用方法については「物理的なテキスト情報のやり取り」を行った点です。たまたまこの本を読む数日前に気になったtweetに以下のようなものがありました。———————————————————-
fujiwara_ed『蝋人形館の殺人』にある人物がバンコランに気送管速達で手紙を送る、というくだりがある。1930年代のパリでは、まだ気送管(管に入れた手紙を空気圧で送る郵便システム)が使われていたのか。・・・と思ったら、なんと1984年まで稼働していたらしい(『パリ地下都市の歴史』東洋書林)。
2012-01-04 10:16:37 via web
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これが英国でも代替手段として用いられました。この「情報量の増大→インフラの圧迫」は、「インターネット」への関心が高い人に向けて書かれているので、現代人にも理解しやすいでしょう。当時のtraffic集中による「輻輳」の発生、原因への対応・解消策の流れが見えます。
また、利用者が発する情報量で課金される制度や通信環境のセキュリティへの不安があることから略文字による情報量削減や暗号化による難読化も行われました。こうした環境を支えて電信のやり取りを行ったのが、電信オペレータです。電信局同士を繋いだ大きな会議や、オペレーター同士で電信を通じて雑談をしたり、電信の癖で相手が誰かを分かりあっていたり、19世紀のオンラインを通じた恋愛エピソードも紹介されています。”
このオペレーターと言う職種がまた面白そうで、実力主義で転職も繰り返せたとの話や、エジソンもこの職種にあって能力を発揮したとのことです。19世紀に国境を隔てた相手とリアルタイム的に取れるコミュニケーションは輝いている。今、それが当たり前の環境にあるのだけど、あらためて感じ入る次第です。
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